37年前の通った陸上競技場が瑞穂陸上競技場が見事に変身 

日 記

No.5712

今から37年前毎年のように通っていたのがここ

新装となったパロマ瑞穂スタジアム

当時は瑞穂陸上競技場と呼んでいた

 

四年間の中学校の教員生活で監督を務めていたのが陸上部

子供の頃の自分を知っている友人はさぞかし驚くはずだ

 

何せ陸上とは全く縁がない足も大して速くなかったからだ

 

新卒の小学校で四年間、大学で陸上をしていた顧問の下で指導を学び中学校に転勤

 

当時はほぼ幽霊部員ばかりの陸上部を一生懸命指導

四年目にはある程度の強豪校として認知されるまでになる

 

思い出いっぱいのこの競技場が

今年秋に行われるアジアパラリンピック大会のために見事な姿になったのだ

 

スタンドは見上げるぐらいの高さ

当時のスタンドはこの半分もなかった

 

正面の反対側のバックストレッチ下にもご覧のように練習場

もちろん当時練習場はおろか

これだけのスタンドもなかった

 

カクテル光線に映える見事な芝生

 

この写真は当時正面スタンドで生徒が走る様子を

ストップウオッチ片手にタイムを計りながら見守っていた場所

 

夜の照明でもちろん雰囲気は違うものの圧倒的な存在感である

 

正面の後ろにある練習コースは隣の第二競技場につながっている

 

昼間は一般公開されスタンド下のトラック一周を誰でも走れるそうだ

 

トラックに張られたアンツーカーは新しさもあるが実に走りやすい

 

子どもたちがはしゃぎながら楽しそうに走っていた

教員時代には家人がレモンを薄切りしてはちみつをかけたものを

凍らせて試合に差し入れをしてくれ

生徒たちにも大好評だった

 

そんな話を家人と話をしながら競技場ウオーキングを楽しませてもらった

 

ちなみに冒頭に足が大して速くなかったと書いた

 

実は生徒に教えているうちにそこそこ速くなった

 

高跳びも幅跳びもハードルも縁がなかったが

陸上の指導法を勉強した甲斐もあり

ちゃんと県大会までは導くことができた

 

中学校の部活は顧問の熱意で何とかなるものだ

 

こんな懐かしい思いで30数年後に競技場を楽しめるなんて

一生懸命にやればそれが思いでとしてかえって来る

 

我が家の孫くんは足がかなり速い

 

孫くんがここを走ってくれたらいいなぁ

と孫バカの会話を家人と笑いながらの競技場ウオーキングだった

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