呼ばれるうちが花に感謝する気持ちをもって必要とされる人でありたい

日 記

NO.5826

つい二、三年前まで自宅で夕食を摂るのは土日だけだった

毎晩のように外食していたことが当たり前となっていた

 

同じように日中も会社を空けることが多く

仮に出張ではなくてもどこかに顔を出したり

打ち合わせと称して出かけたりが日常だった

 

ところがこのところそうしたことがめっきり減ってきた

 

夜の会合は週二回程度で出張に至っては月に一度程度

 

もちろん普通の人から見ればまだまだ多いかもしれないが

一方で気づいたことがある

 

それは一度出なくなることに慣れてしまうと外へ出ることが億劫になるのだ

 

なんとなく自宅と会社の往復が楽で、できればリモートで済ませたい

実際にそうしたことが多くなってきた

 

高齢者が健康に過ごすためには社会参加が不可欠だという

社会との接点とは努めて外に出る機会を作る

行政から配られる高齢者向けのチラシにはそう言った文言が多い

 

ふと自分もそうなりつつある?なんてゾッとしたのだ

 

年齢的に同級生には完全にリタイヤした友人もいる

 

最近リタイヤした友人はいったいどんなことをしているのだろうか

 

中には夫婦仲が悪くなったなんてこぼす友人もいた

詳しくは聞かないがそんな話を耳にすることがあるが現実にあるようだ

 

自身は会社では実務を任せる立場になったものの

まだまだ必要とされている

 

先日も中学生へのユニバーサルデザインの講義依頼があった

なんでもネットでマルワのことを知っての依頼だった

 

依頼先の中学校の事情を聴くと正直なところ難易度が高い

 

ただこうした依頼に対して頭を捻りながら講義の組み立てを考える

これはこれで頭を使うことになる

 

冒頭の写真は毎年講義をする昨年の防災減災カレッジ

 

依頼された講義は毎時間をかけて資料を作る

頑張れるのは役目を与えてもらえるからだ

 

成功した企業家は最後のアクションはボランティアだという

 

確かに大成功して巨額の富を得た経営者は

財団を設立して社会貢献にいそしむという

 

もちろん自分はそれには当たらないが

必要とされていることはやはりありがたい

 

呼ばれるうちが花である

こんなことを書くとなんとも高齢者っぽい

 

ただいつまでも必要とされている

そんなことを感じさせる嬉しい依頼であり

できるだけ長い時間そうありたい

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